保険の見直しの最近のブログ記事

家庭医療の現場

「幼児でもちゃんと理解できるんだよ」という主治医のアドバイスも受け、うそはつかずすべてを打ち明けることにした。

あるとき「お母さん、もうすぐ髪の毛がなくなっちゃうけど心配しなくてもいいんだよ」と子供にいった。

すると2歳の三男がどこから持ってきたのか薬を差し出した。

「おかあさん、お坊さんになるといけないから、これ飲みなさい」、子供たちが私を思いやってくれるのを感じずにはいられなかった。

闘病生活は誰でも経験したくはない。

でも、家族ではなく自分自身の病気だったこと、患者さんの視点をすこしはもつことができたこと、家族や夫婦の絆を感じたこと、医師としての自分を見つめ直せたこと、など幸運を感じることも少なくなかった。

もうすぐ私はその経験を背中にしょって、家庭医療の現場に復帰する。

保険外交員・長谷川桜子

絶対にめげない精神力

家族は医師の夫と4歳、3歳、2歳の子供たち。

当時は大学病院を辞め、夫と実家の小規模病院で働きはじめたところだった。

よくいわれるような「頭の中が白くなった」のは術前の検査結果の説明のときだった。

腋窩リンパ節転移という状況は私の想像を超えており、術後のことや治療の副作用、子供の先行きのことなどが瞬間的に脳裏に描かれた。

病室に帰って泣いた。

夫婦で泣いた。

とてつもなくつらかったが、このときの夫の涙は私の支えとなった。

子供たちのことはとても心配だった。

だからこそ、私はこの先何が起こっても絶対にめげない精神力だけは身につけたかった。

病気の急な変化・副作用、どんなことがあっても逃げ出さないために、いつでも前を向いていられる自分を探す必要があった。

保険外交員・長谷川桜子

国内行動計画

国際婦人年とそれに続く「国連婦人の十年」以降、節目ごとに提示される国連の女性政策のガイドラインに基づいて、日本政府が女性の地位向上に向けて取り組むべき具体的課題や目標を明示した総合計画を指す。

最初の国内行動計画は、1975年の国際婦人年世界会議で採択された「世界行動計画」を受け、77年に策定された。

次いで、85年の「国連婦人の十年」ナイロビ世界会議で「ナイロビ将来戦略」が採択されたのを受け、「西暦2000年に向けての新国内行動計画」(「新国内行動計画」)が策定された。

さらに、89年に国連社会経済理事会で「ナイロビ将来戦略の実施に関する第1回見直しと評価に伴う勧告及び結論」が採択され、日本政府も翌年、「新国内行動計画」を「新国内行動計画(第1次改定)」
へと改定した。

こうした計画の策定は、具体的には、総理大臣の諮問を受けた「婦人間題企画推進有識者会議」(1994年から「男女共同参画審議会」)の答申を受けて、ナショナル・マシナリー(国内本部機構)である「婦人間題企画推進本部」(94年から「男女共同参画推進本部」)が行い、また、その事務局を総務省の「婦人間題担当室」(94年から「男女共同参画室」)が担っている。

計画の策定にあたっては、「52団体」(当時)をはじめとする女性NGOの要望や提案もあり、具体的な数値目標なども盛り込まれた。

保険外交員・長谷川桜子

冷蔵庫のスペース

一般調味料の点検です。

残りが3分の1ぐらいになったとき、必ず新しいものを購入します。

こうすれば、料理の途中でなくなることを避けられます。

主菜・副菜・調味料とメモを分けて書くことは、マーケットでは肉・魚・野菜などと棚が分かれていますから、その部分ごとで買い忘れがないようにするためです。

ブタ肉がメモの一番上にあり牛肉が下であると、つい忘れて次の部所へいってしまいます。

そして最後にふたたび肉のところへもどるという動作の無駄が出ます。

メニュー作りからメモまでは、一連の作業です。

ここまでできれば、買い物はとてもラクになります。

1週間分とはいかなくても冷蔵庫のスペースに合わせて、3日分、4日分と決めるとよいでしょう。

「1度買いは重くてたいへん」という人もいます。

保険外交員・長谷川桜子
計算上は、3食×7日の21回ですが、朝食はパターン化していて、卵ですから、お昼と夕食を決めるだけです。

お昼が外食の場合は、たった7種類だけとなります。

次に野菜料理ですが、1日分で4、5皿分が野菜です。

その3分の1以上は緑の野菜であることが望ましいので、購入する量は、ほぼ見当がつきます。

ここまで細かくしなくても、主菜だけは決めるとよいでしょう。

そして冷蔵庫の横にでも、それをはっておきます。

主菜さえ決まっていれば、副菜はマーケットへいってからでも、主菜がこれだから副菜はこれ、と案外かんたんに決まります。

主菜が決まれば、それをメモします。

副菜を次にメモします。

その次にすることは、その週のメニューで特殊な、家にはおいていない調味料を使うかどうかの確認です。

使うのであればメモします。

保険外交員・長谷川桜子

"表"をつくる

毎日マーケットにいくチョコチョコ買いは時間的にも労力的にも大きな無駄です。

なぜチョコチョコ買いになってしまうのかは明白です。

"メニュー計画"ができていないからでしょう。

多くの人が、「メニューを考えるのはたいへん。同じものが重ならないようにするのもひと苦労」といいます。

でも、メニューは毎日考えるからたいへんなのです。

その日その日で決めていくから重なってしまうのです。

メニュー作りは、1週間分ずつおこなうとよいと思います。

私は"表"をつくります。

月曜日から日曜日まで朝・昼・晩と区切り、メニューを書きこめるようにします。

まず主菜(タンパク質のおかず)を1週間分、21回分決めます。

保険外交員・長谷川桜子
スーパーマーケットへいくと、いつも不思議に思うことがあります。

メモをもっている人がとても少ないのです。

みなさん食品棚の前にジーッと陣取っています。

たぶん、「今日のおかずは何にしようか......」「おミソ、まだ残っているかしら」などと考えているのではないでしょうか。

たった一人分の購入であっても、私などはメモがなければ買い忘れてしまうことがあります。

まして数人のご家族の方など、メモがなくては、必要なものを忘れずに購入することはできるはずがないのです。

買い物の量が2、3点と、とても少ない人たちも大勢います。

どの家庭でも冷蔵庫は大きくなりました。

1週間分とはいわないまでも2、3日分の家族の食品ははいるはずで、その日使うものだけを買うのか、「昨日、アレを買うのは忘れた」と購入しているのかもしれません。

保険外交員・長谷川桜子

星祭とは(長谷川桜子)

七夕は、もともと旧暦の7月7日の行事ですが、現在の都会では新暦の7月7日、地方によっては月おくれの8月7日におこなっています。
6日の夕方、笹舟などの飾りつけをし、7日朝に川や海へ流します。

これを「七夕流し」あるいは「七夕送り」とよんでいます。

七夕の行事には、複雑な要素が混じりあっています。

ひとつの流れとしては、歴史の表面にあらわれた都市風の七夕行事で、中国伝来の星祭と乞巧璽にもとつくものといわれています。

星祭は、陰暦7月7日の夜、織女が天帝に許されて天の川を渡り対岸にいる夫の牽牛と1年のうちにたったいちどのデイトを楽しむというものです。

そのとき、カササギが翼を並べて天の川に「かささぎの橋」を渡し、夫婦星のデイトを助けたといわれ、いわゆるロマンティックな説話で知られています。

保険外交員・長谷川桜子

職場委員会

有限会社(ソシエダーデ・フォール・クォータス・デ・レスポンシビリダーデ・リミターダ)は、オーナーによって任命された取締役によって経営されています。

他には役員や重役会はありません。

職場委員会には、財務上の情報や雇用条件について、調査をしたり発言をしたりする権限が与えられています。

革命は、ポルトガル人の社会生活、政治生活の多くの面に変化をもたらしましたが、行政サービスやその方法は、実質的には変わりませんでした。

国営の大企業は、派閥主義が強く官僚的です。

それにくらべて小さい会社や民間企業は、同族会社のスタイルをもち、体系的には組織されていません。

保険外交員・長谷川桜子
革命以降民間セクターにおいては、数少ない一部の家柄が、再び発言力を高めようと支配を続けてきましたが、一握りの新しい企業家たちが、彼らの覇権に対して挑戦を始めています。

株式会社であるSA(ソシエダーデ・アノーニア・デ・レスポンシビリダーデ・リミターダ)は、伝統的な会社組織であり、役員会(コンセーリョ・デ・アドミニストラサン)と、株主の代表で構成される監査役会(コンセ:リョ・フィスカル)を有しています。

もっと近代的な会社には、総合委員会(コンセーリョ・ヘネラル)が任命した五名以下の役員で構成される経営幹部会(ディレサン)があります。

後者は、株主総会で選出されます。

また株主から法定監査役(レヴィゾール・オフィシアル・デ・コンタス)が任命されますが、これを独立した監査役と混同してはいけません。

保険外交員・長谷川桜子
ルクセンブルクの社会的な価値観は、謙虚でブルジョワ的なのですが、もっと外向的な外国人からみると、まるで閉所恐怖症のように思えてしまいます。

それは、小さなコミュニティが自治権をもつために、また社会秩序を保ち、ヨーロッパでもハイレベルで均衡のとれた生活水準を維持するために、払わなくてはいけない犠牲の一部なのかもしれません。

ポルトガルは大西洋に面した国であり、地中海国家ではありません。

ポルトガルとスペインを同じように考えるのも間違いであり、これは社交上、失礼なことです。

1974年に革命が起こるまで、この国が目を向けていたのは、旧植民地の関係をもつアンゴラとモザンビークがあるアフリカ、そして今でもつながりの強いブラジルのある南アメリカでした。

保険外交員・長谷川桜子

「子ども」あっての「母親」

丸岡秀子も初期の母親大会を思想的に指導したが、「子どものための母親運動」という路線の限界を問うにはいたらなかった。

1996年8月には仙台で第42回母親大会が114参加団体によって開催され、従来からの母親大会の4つの柱である「子どもと教育」「生活と権利」「平和のもんだい」「母親運動」の分野で議論やアピールがなされている。

また、母親運動がその運動の過程で熱心に取り組んできた「平和」問題に対する活動は、第4回世界女性会議においてもアピールされ、その意義が積極的な評価をえている。

だが今日では、母親運動に対する積極的な評価の一方、「子ども」あっての「母親」として認められる女性としての主張の正統性を、むしろジェンダーの視点から相対化する運動への展開も求められている。

保険外交員・長谷川桜子

非嫡出子の相続

法律上の婚姻関係がない父母の間に生まれた子を指します。

欧米諸国では、1960年代後半から相続の平等化など婚外子に対する法的差別が改善されてきており、国際的潮流は子どもの人権の見地から出生による差別を禁止する方向にむかっています。

日本の法律では法律婚から生まれた子は嫡出子、事実婚(法的婚姻にこだわらない結婚)から生まれた子は非嫡出子(婚外子)として異なった取り扱いをしています。

民法第900条第4項では「嫡出でない子の相続分は嫡出である子の相続分の2分の1」と規定されています。

この規定が法の下の平等を定めた憲法14条に違反するかどうかが争われた裁判で、1995年に最高裁判所は「合憲」の判断を下しました。

ここ数年下級審でこの相続規定は「違憲」との判断が続いていたにもかかわらず、95年の最高裁判決では時代に逆行する結果となったのです。

保険外交員・長谷川桜子

最近の日本は、あらゆる分野で低迷の渦の中にあり、低迷・ニッポンの建て直しは、教育・人材育成が鍵だといわれています。

 

文部科学省の「ゆとり教育」が招いたといわれる子供の学力低下、理数ばなれから始まり、若者のこート、フリーターなどの社会現象。

 

またネットカフェ難民の出現などとともに、どれもが「ゆとり教育」が招いた、負の結果だといわれています。

 

見直すことになった学習指導要領の改定では、豊かな心や健康な体をはぐくんで、力強く生きていけるようにするという「生きる力」の育成の理念を継続して、基礎学力を身につけるための授業時間や学習内容を増やすことにしています。

 

教育は、基礎と応用力を大切にして学力の向上を図り、バランスのとれた人材の育成にあるという原点に戻ったのです。

 

むろん指導する教師の「指導力」を高めることも盛り込まれており、「教育力」の向上が期待されているのです。

 

科学技術、文化、スポーツの分野を所管する文部科学省では「教育文化立国」と「科学技術創造立国」の実現を2本柱としています。

 

教育改革では、優良な教育の場を確保して、優秀な人材の育成に努め、それに合わせて確かな学力を体得する対策や、豊かな心の育成、幼児期からの「人間力」向上などといった学力一辺倒ではない、人間形成の面を重視した教育現場での現実的な対策を推進します。

 

また科学技術創造立国の実現へ向けては、宇宙開発や原子力の研究開発等に力を入れ、さらに国際活動の戦略的な推進によって世界をリードしていこうという施策も行ないます。

 

米国のスペースシャトル「エンデバー」で、日本の有人実験棟「きぼう」を国際宇宙ステーションに取り付けたことなどは、日本のプライドでもあり、また日本人の優秀な点を象徴するひとつの指標ともいえるでしょう。


保険外交員・長谷川桜子

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