「子ども」あっての「母親」

丸岡秀子も初期の母親大会を思想的に指導したが、「子どものための母親運動」という路線の限界を問うにはいたらなかった。

1996年8月には仙台で第42回母親大会が114参加団体によって開催され、従来からの母親大会の4つの柱である「子どもと教育」「生活と権利」「平和のもんだい」「母親運動」の分野で議論やアピールがなされている。

また、母親運動がその運動の過程で熱心に取り組んできた「平和」問題に対する活動は、第4回世界女性会議においてもアピールされ、その意義が積極的な評価をえている。

だが今日では、母親運動に対する積極的な評価の一方、「子ども」あっての「母親」として認められる女性としての主張の正統性を、むしろジェンダーの視点から相対化する運動への展開も求められている。

保険外交員・長谷川桜子

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このページは、-が2015年5月12日 15:44に書いたブログ記事です。

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